アスペルガーとADHDは併存することが多いらしく、
診断の際には出なかったけれど、
私も多少なりともADHD的要素があるようだ
(結構な多動だと言う人もいるけれど)。

ひと口に発達障害だといっても、自分のある要素や問題が
アスペルガー由来なのかADHD由来なのか、
はたまた別の問題なのかを判断するのはなかなか難しい。

たとえば、仕事が長続きしないということがあるとして、
それが、興味のもてることにしかやる気がでないという
発達障害の特性から来ているのか、
人とのコミュニケーションがうまく取れないからなのか、
休み時間の女子トークについていけないからなのか、
それとも実は自覚なしに低血糖でウツっぽくなっていて
やる気が起きずに嫌になっているだけなのか。
もしくは、睡眠がうまく取れていなくてやる気が出ないのか。

はたまた、自分の向いていない仕事に就くから
いつも長続きしないのだと言いつつ、
実は単にADHD的な飽きっぽさが原因だったりとか、
上司や同僚の理解がないとか言いながら、
実は自分の態度が悪かったり自分の受け止め方がおかしかったり
することだってあるかもしれない。

結局は、どんな仕事に就いたって、
いくら才能のある仕事や好きな仕事に就いたって、
飽きるときはあるし、煮詰まるときもある。
楽しいことばっかりじゃない。

その辺のところを見極めないと、
下手をすると自分の発達障害を言い訳に
自分にはこの仕事は合っていないと
延々と転職を繰り返すことにもなりかねない。

そのためには、自分をよく知ることも大切だけれど、
まずは、低血糖によるやる気のなさを解決することが
必要なんじゃないかと思う。
自覚なく低血糖になっている場合、
どんなに向いている職に就いたって、やる気は出ない。
睡眠の質もやる気に大きく影響する。
まずは身体から。


*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら
スポンサーサイト
庭とも呼べないネコの額ほどのスペースにハーブを植えている。
1年ほど前に裏の空き地に家が建ってしまってから
日当たりが悪くなり、植物たちはちょっと元気がなさそう。
去年はきれいに花を咲かせたユキヤナギは今年はほとんど花を咲かせず、
クレマチスも全然咲かなかった。

そんな中で、半日陰でも育つレモンバームはやたらと元気。
今ひとつ伸び悩んでいるラベンダーを押しのける勢いで
ぐんぐん育っている。

レモンバームは気分の落ち込みだとか消化器系にいい
というくらいしか知らなかったけれど、
最近送られてきたメディカルハーブ協会の会報が
レモンバームの特集だったので読んでみると、
結構いろいろな効能があるらしい。

抗アレルギー、抗菌、抗ウイルス、抗酸化、
抗うつ、認知症予防、記憶力向上のほか、
なんと、血糖値上昇抑制作用もあるそう。

レモンバームだけでなく、柑橘系の香りは
前頭葉の血流を改善させるのだとか。
中でもレモングラスはその効果が高いらしい。

レモンバームとレモングラスに共通する芳香成分に
ネロールとゲラニオールがあるけれど、
この2つはネロリにも含まれている。
ネロリも柑橘系だから前頭葉の血流改善にいいのかもしれない。
ちなみに、ネロールとゲラニオールはローズにも含まれている。
ローズも気分を高揚させてくれるので、
気分の高揚=前頭葉の血流改善ということなのだろうか。

私は柑橘系の香りが好きで、特にネロリは大好きなのだけれど、
アスペは前頭葉の血流が低下しているらしいから、
無意識のうちに自分に必要なものを欲していたのかも。
自分に必要なものがたくさん生えてくれるっていう自然界からの恵み。

バジルも結構元気だけれど、パスタを食べなくなった今では
あんまり出番がない。
だけど、お茶にしても意外に美味しくて、最近は
ローズヒップ+セントジョーンズワート+フレッシュバジル
のブレンドにはまっている。

そういえば、ハーブの試験は無事合格。
でも喜んでいる場合じゃなくて、これくらい受からなければ
次のホリスティックの基礎医学の試験は絶対無理だろう。
生化学…難しすぎ(~_~;)。
でも、きちんと勉強したかったことばかりなので、
合否はともかく(って早くも弱気じゃダメだけど)
この機会にみっちり勉強すべし。


レモンバーム

わんさか育ったレモンバーム。

レモンマートル

満開のレモンマートル。
葉っぱをちぎるとレモンの香り。
右隣りはフランネルフラワーちゃん。



*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら

先日、東京ステーションギャラリーに
アドルフ・ヴェルフリ展を観に行った。

日本ではほとんど知られていないけれど、スイスでは有名らしく、
特急列車の名前にもなっているらしい。
スイスでは特急列車に著名人の名前を付けるのだとか。

アール・ブリュットの画家として紹介されているヴェルフリだけれど、
その経歴を聞くとかなり悲惨な人生を送ってきたらしい。
貧乏な家庭に生まれ、幼い頃に里子に出された先では暴力を受け、
26歳で少女への強姦未遂で刑務所に入り、31歳で再逮捕、
精神鑑定の結果、統合失調症と診断されて精神病院へ収容される。
新聞紙に絵を描き始めたのはその頃らしい。

ヴェリフリの作品は2、3日で鉛筆1本を使い切ってしまうほど恐ろしく細かい。
絵の中に仮面をつけた人物が多数いて、どことなく不気味なのだけれど、
それとは裏腹にどこか平和な感じが漂っている。
『揺りかごから墓場まで』と題された一連の作品があって、
自分自身を主人公として少年が家族とともに世界中を旅するという
旅行記らしい。
ヴェリフリはこうして自分自身の悲惨な過去を書き換えた。

そう、ヴェリフリの作品は何だか曼荼羅みたいなのだ。
実際に、同心円状に細部を描き入れた曼荼羅みたいな構図のものもある。
絵の中には数字や音符がほとんど隙間なくみっちりと描き込まれている。
色鉛筆で一部を塗った作品もあって、その色使いがとても私好み。
東京ステーションギャラリーは一部の壁がレンガなのだけれど、
そこに飾られた様は、どことなく宗教画を観ているような気分にもなった。
狂気の先に見える穏やかさ。

草間彌生もよいけれど、私としてはヴェリフリの方が好みだ。
ここまでくると、アール・ブリュットと呼ぶことに何の意味があるのだろうと
思ってしまうのだけれど。
日本ではアール・ブリュットというと障害者の創作活動という
イメージが強いけれども、外国では障害者には限定されないらしい。
正規の美術教育を受けていない人の作品を指し、
英語ではアウトサイダー・アートと言うらしいけれど、
いったいどこまでを指すのだろう。
日曜画家と言われたルソーは?
山下清も?

アール・ブリュットとは何ぞや。
狂気と正気の境目は?

ヴェリフリ


*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら



彼のメールの返事には次のように書いた。
心の支えはたくさんあったほうがいい、と。

私は拠りどころとするものは多ければ多いほどいいと思っている。
確かに、これが私のすべて、と言えるようなものがあるのは
美しいかもしれない。
でも、危険も大きい。

そのひとつを失ったときには立ち直るのが難しくなる。
アスペルガーであればなおさらだ。
拠りどころがいくつもあれば、ひとつを失ってもほかのものは残っている。
ひとつで煮詰まっても、別のところで気分転換を図れる。
ひとつの人間関係でつまづいても、ほかの人間関係で救われることもある。

拠りどころとなるものはなんだっていい。人じゃなくたって。
近所のネコだっていい。
散歩の途中で見かける草木でもいい。
そうしたものがひとつでも多くあれば、なんとか心は保っていられる。

そして、彼へのメールにはもうひとつ付け加えた。
瞑想修行に夢中になるのもいいけれど、
身近にいる人に寂しい思いはさせないようにしてください、と。
まだ若く見えるけれど、結婚指輪をしているのに気づいていたから。
拠りどころがなくなるなんて、奥さん聞いたら悲しむぞ。

最終回の当日、長いこと参加してくれた人たちに
何かお礼を、と思ってパンを焼いたのだけれど見事に失敗。
それで急遽、手作りの味噌をジップロックに詰めて渡した
(味噌あげるっていうのは変わってるかもしれないけど)。

件の彼からまたメールがあり、
アドバイス、大変参考になりました、ということと、
味噌が美味しかったので売っているならわけてほしい、とあった
(よっぽど、ろくな味噌を食べていなかったのだろう)。

それで、味噌は結構簡単に作れて、手作りならとても美味しいことと
味噌の作り方を教えてあげた。
家族で作るといい年中行事になりますよ、とも。

今頃彼は、家族と一緒に作った味噌を毎日食べているだろうか。
そうであってほしいな、と思う。

*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら



数年前まで月に1回、公民館を借りて瞑想会を開いていたことがあった。

なかなかに大変な瞑想法なので、最初のうちはサボりがちだから
みんなで集まって指導テープを聞きながら
一緒に瞑想しましょうというものだった。
私もその瞑想法のコースを最初に受けたのはうんと昔でありながら、
日常で実践するにはかなりの時間がかかったので、
そうしたグループ瞑想会に参加させてもらった。
独りで瞑想することはできるようになったので、
今度は私がお手伝いする番だと、そういうものを開くようになった。

かれこれ4年くらい続けただろうか。
多い時で7,8人、誰も来ないときも1度あった
(「一人で借りられると困るんですけどね」と公民館の人には
嫌味を言われた)。

その中に、2年目くらいから、ほぼ毎月参加してくれた若い男性がいた。

毎回来てくれるので、コミュニケーションを図ろうかと
話しかけてみるのだけれど、どうも反応に乏しい。
どうやらお仲間らしい。

そういえば、類は友を呼ぶ、とかなんとかで、
私の開く瞑想会にはそうした人が多かった。
こちらからは必要最小限しか話しかけなかったし、
親しい人が来れば終わった後に一緒にご飯を食べたりはしていたけれど、
みんなが和気あいあいとしているような雰囲気はまったくなかった。
だから、そういう人たちは来やすかったのだと思う。
初めて参加してくれた知り合いには
「この瞑想会、おもしろーい。みんな終わると逃げるように帰っていくよね」
と言われた(それはそれでちょっと寂しかったんだけれども)。

その後、いろいろと思うことがあり、瞑想会をやめることにした。
最後の瞑想会のお知らせをこれまでの参加者にメールしたところ、
件の男性からメールがあった。

普段の無口さとは裏腹に、ずいぶんと長いメールで、
瞑想会が亡くなってしまうことを非常に残念がっていて
「心の支えだったのに」とあった。

そうまで言われてしまうと、やめることに対してむくむくと
罪悪感がこみ上げてきて、やっぱり続けるべきなんじゃないだろうかと
考え始めた。

私自身も、月1回であっても参加する瞑想会を
心の支えにしていた時期があった。
アスペルガーであれば、社会の中で生きていて、
やりきれなくなることはいっぱいある。
周りのみんなは上手くやっていて、
自分だけが馬鹿みたいに思えることもある。
そんなときに瞑想会に参加すると、
真摯に自分と向き合おうとする人たちがいて、
救われた気持ちになったものだった。
交流はごく薄いものであっても、そういう人たちの存在に救われた。

だから、彼の気持ちはわかる。
でも、やめようという私の決心は固かった。

(続く)

*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら





それでも涙が止まらないことがある。

そんなときは、知っている限りのありとあらゆる方法を試してみる。
でも、それで日常生活がストップすることはない。
幸い独り者の自営業なのだ。
泣きながらでも仕事はする。
仕事をしなければホームレスだ。
そうこうしているうちに止まることも多い。

それでも止まらなければ、いっそのこと、
思いっきり泣ける映画でも観た方がいい。
(こういうときこそ深いものと浅いものの違いがよくわかる。
エンターテインメントと芸術が違うとわかる。)

それでも止まらなければ、ただ止まるのを待つ。
雨がいつかは止むように。
これもまた移りゆく、と。

肝心なことは、最低限やるべきことは何としてでもやること。
独りなのだ。自分で自分の面倒を看なければ誰も看てくれない。
これは実際に身体が壊れても同じこと。
高熱が出ても、自分で食事をつくり、身の回りのことをする。

そうこうしているうちに、強くなる。
何度も何度も、嫌というほどくじけるけれど、
早く人生が終わりにならないかなと思うこともあるけれど、
それを心掛けていると回復は早くなる。
自分を可哀想がっていても仕方がない。
可哀想だと思うなら、可哀想な自分のために何かをすること。

*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら

朝からさめざめと泣くことがある。

過去のいろんなことを思い出してあとからあとから涙が出てくる。
手に入らなかったもの、失った人間関係、
もう二度と会えなくなった大好きな人。

朝食を摂るとそれがピタリと止まる。

なんてことはない、単なる低血糖だった…。

*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら


先日、ようやくメディカルハーブの試験が終わり(出来は不明)、
それと同時に陶芸教室の発表会も終わった。

何しろ生徒の人数が少ないので、出たくないと言うわけにもいかない。
作った作品を何とかかき集めて、出してみた。
販売会でもあるので、値段を付ければ買ってくださる奇特な方もいる。

初日の準備だけ手伝いに行って、
あとは終了してから打ち上げだけ顔を出しに行った。
参加費と打ち上げ代をカバーできるくらいは売れてくれたらしい。ほっ。

別に陶芸家になりたくてやっているわけではないし、
出来上がったものは独りでは使い切れないので、
さっさと人にあげてしまったり(相手が喜んでいるかどうかは不明)
安い値段を付けて発表会で売ったりする。
台所の棚に眠っているより、どこかの誰かが可愛がってくれるほうがいい。

出来の良くない子どもたちだけれど、今頃、それぞれのお宅で
可愛がってもらってるのかなあ、なんて、想いをはせる。


お皿

お皿。

陶芸発表会

蓋がうねうねに反ってしまったので絵を描いて誤魔化した小物入れ。
どこぞのおばさまが「梅干しでも入れようかしら」と買っていってくださった。

セットで買っていってほしかったのに1つだけ売れ残ってしまったカップ。

1つ2時間近くかけて透かし彫りをしたのに、
6つのうち4つが壊れてしまったロウソクたて。
ちなみに生き残った2つも焼成のときに底にヒビが入ってしまった。
ロウソクをつけると透かし模様がきれいに壁に広がるはずが、
何だかいまいちぼやけてしまう。研究の余地あり。
でも、2つとも売れてくれた。何しろ、お安くしたし。

お皿は何枚か売れ残った。欲しい人は声掛けてね。

*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら


結婚といえば、御年104歳になる篠田桃紅さんは
自分は結婚して家庭に入ってやっていける人間ではないと
早々に己の性分を見極めて、得意だった書道で身を立てる決心をしたのだそう。

現在104歳といえば、大正生まれなのだから、
あの時代に女性が嫁がずに自力で生きていく決意をしたというのは
並大抵のことではない。
「絶対に結婚すること」という父親の遺言(すごい遺言だよね)にも従わず、
独身を貫いてきた。

テレビでドキュメンタリーを観たことがあるけれど、しゃんとしていて、
いかにも意志が強そうな人だという印象を受けたけれど、
自伝の『桃紅百年』を読んでみたら、意外とのほほんとしていて、
のんびりした感じだった。
そのマイペースさが長生きの秘訣なのかもしれない。

天才というのは、己の性分を早々に見極められる人のことなのかも。

天才には程遠い私は、なかなかにあきらめが悪いけれど、
このあきらめの悪さも性分と思ってあきらめるしかないか。


*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら

呪いといえば、思い出した。

30代の一時期、よく既婚の友人から
「早くいい人を見つけて幸せになってほしい」
というようなことを言われたけれど、
いつも呪いにかけられたような気分になったものだった。

別に深い意味はなく、ただ単に、言葉通りに受け取るべき
ものなのだろうけれど、
そうはわかりながらも、脳の配線に問題があって
言葉の受け取り方が少々おかしい私には、
「いい人を見つけて結婚しない限り、あなたはそのままでは幸せにはなれない」
と言われているように聞こえて、
「ううっ、また呪いをかけられてしまった」と思ったものだった。
親や親戚からも結婚していないことでダメ人間の烙印を押されていたし。

40代も半ばを過ぎた今となっては、誰にも呪いをかけられることはなくなったし
(それどころか、「結婚しなかったんだ」って勝手に過去形にされる)、
幸せの定義は人によって違うとわかっている。

実際のところ、「結婚=幸せ」という図式は古すぎるし、
そもそも成り立たない。
結婚=幸せ」ではなくて、「幸せな結婚=幸せ」
「不幸な結婚=不幸」なのではないのか。
結婚が幸せなものになるかどうかは当事者次第で、
結婚すれば無条件に幸せになれるわけではない。


昔、父親に「離婚してもいいから一度くらい結婚しろ」
と言われたことがあった。

以前、工場のラインの仕事をしたことがある。
業務用インクジェットプリンターのヘッドの最後の検査工程を担当していた。
検査で落ちたヘッドは「NG品」となるのだけれど、
ギリギリで検査に落ちてしまうものもあって、
そういったヘッドを、技術者にもう一度測ってくれと頼まれることがあった。

確かに、何度も測れば一度くらいはギリギリ合格することもある。
そうしたものを出荷していいのかというのは大いに疑問だけれど、
出荷数が足りず、どうしても間に合わせたいらしい。
一度出荷に出したものの、質が悪くて返品されてきたものは
「出戻り品」と呼ばれていた。

離婚してもいいから一度くらい結婚しろ」というのは
それと同じことかなという気がした。
「NG品」より「出戻り品」の方がマシなのだろう。
要は、娘の幸せより世間体が大事なのだ。

いわゆる「早くいい人見つけて幸せになってほしい」というのも、
結婚という「世間並み」が幸せという考えに基づいてるのかもしれない。


面白いことに、当時、私に呪いをかけた友人たちは
今ではほとんどが離婚している。

離婚をせずに長く結婚生活を続けている友人は
結婚生活は必ずしもいいことばかりではないことを
重々承知したうえで結婚生活を続けているから、
次のように言ってくれる。
「独りでいるのも、またよいよね」と。


*****************************************************
人生の遅くになってからアスペルガー症候群の問題に
気づいた人に役立つ資料の翻訳はこちら

プロフィール

Chandni

Author:Chandni
十数年前に確定診断を受けたアスペルガー症候群(自閉症スペクトラム障害)当事者です。当事者として、これまでの道のり、工夫していること、日々感じていること、取り組んでいること、その他いろいろ書いています。アスペルガー特有の変わった考え方や生き方の一例として、多少なりとも参考になれば、と思います。

長いこと変わった民族楽器に取り組んでいます。職業はフリーランスの医薬系実務翻訳者。現在、メディカルハーブとタロットを本格的に学んでいます。

最新記事
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
検索フォーム
月別アーカイブ