私は十数年前に正式な診断を受けたアスペルガー症候群当事者です。

当事者として、これまでの道のり、工夫していること、日々感じていること、
その他いろいろ書いていこうと思います。

その昔、診断を受けた前後にもブログを書いていた時期があったのだけれど、
とある事情からすっぱりと辞めて、
ネットの世界からは長いこと遠ざかっていました。

その頃とは状況も変わって、当事者ブログなんて溢れかえっているようだし、
今更私がわざわざブログを書く意味なんて
ないんじゃないかとも思うのだけれど、
アスペルガー特有の変わった考え方や生き方の一例として、
多少なりとも参考になれば、
あるいは反面教師にしていただければ、と思って再び始めることにしました。



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詳しい話は少しずつ書いていくとして、
私がアスペルガー症候群の正式な診断を受けたのは34歳のときだった。

子どもの頃から、何でこんなに生きるのが大変なのかわからなかった。
家はそこそこ裕福だし、親がいないわけでもない。
きっと皆、私よりも大変なのに、それを隠して明るく振る舞っているだけ、
自分は「演技力」が足りないだけなのかもしれないと思ったこともあった
(実際、演技力でカバーしている人も少なからずいるのだろうけれど)。

大学の頃に、異様な眠気と絶えず霞がかったような頭の世界から、
自分は何か脳に問題があるんじゃないかと思う、
と友人に言ったところ、一笑に付されたけれど、
今にして思えば、私の勘は当たっていたことになる。

その後、30歳頃だったか、
地元の小さな書店で1冊の本のタイトルが目に留まった。
ドナ・ウィリアムズの『自閉症だったわたしへ』。
自閉症」…?もしかして私って…?
いや、でも、まさか、そんなわけないか。
そう思ってそのときは手に取らなかった。

自閉の神様(そんなものいるのか)は人生の端々で
気づかせてくれようとしていたのかもしれないけれど
ようやく気付いたのは33歳のとき。

ある日新聞を読んでいたら「周囲に違和感」
と見出しのついた記事に目が釘付けになった。
アスペルガー症候群の当事者を取り上げた記事で、
それを読んだとたん、「私は絶対これに違いない」と確信した。
100%これに間違いない、という絶対的な自信があった。

それで紆余曲折を経て(長くなるのでまた後日)
確定診断が下りるまでに数ヵ月かかり、
「典型的なアスペルガー症候群」と言われたときには34歳になっていた。

その頃には、多々問題はあるものの、
服薬をしなくてはいけないような二次障害はなかったし、
とりあえず自活して生きていたため、特に支援は受けなかった。

ようやく人生の謎が解けたことが嬉しくて仕方なく、
例によって、典型的なアスペルガーらしく、
あちこちで自分が自閉症であることを告白しまくったものの、
当然、何言ってるんだ、こいつは?と思われるだけで、
ほとんどが、何も聞かなかったかのように振る舞われる、
スーッと離れていく、といった反応だった。
「自分だけが特別だと思うな」と言われたこともあった。

診断の前後にはブログを書いたり、
アスペ・コミュニティのサイトに出入りしていたこともあり、
数人の当事者とメールをやり取りしていたこともあったけれど、
そのうちの一人とトラブルになり、私の実名を挙げて、
私がその人にウイルスメールを大量に送り付けているとブログに書かれ、
一部の当事者の間で
「あの人怖いですね、ひどいですね」ということになってしまった。
後からその人のパートナーという人からメールをもらって、
統合失調症があるので妄想が入っているから
許してやってほしいと言われたけれど、
もうとにかくそのことがトラウマになってしまって、
その後一切、ネットの世界にはかかわるのを止めた。

そんなこんなで、もうアスペルガーだとか言っていたって
誰に理解してもらえるわけでもないし、
職にも就けないような当事者がいる中で、何とか生活できている私なんかが
当事者を名乗っていいんだろうかと思い、
アスペルガーであることを忘れたふりをして生きることにしたこともあった。
でも、それでも時折、人間関係の落とし穴に落ちて
自分がアスペであることに気づかされる、そんな繰り返しだった。

(続く)




確定診断を受けてから十数年過ぎたある日のこと。

アマゾンで奨められたある本が目に留まった。
吉濱ツトムさんという人の『アスペルガーとして楽しく生きる』という本。
当事者の本はさんざん読んだし、もう今更、と思っていたけれど、
タイトルが気になった。
「楽しく生きる」?楽しいの?アスペルガーで?

読んでみたところ、とても興味深い内容だった。
著者が自らの人生を改善するために試行錯誤を重ねて有効な方法を発見し、
それを体系化して今では発達障害カウンセラーとして活躍しているという。

紹介されている改善法の中で何よりも衝撃的だったのはローカーボ療法だった。
発達障害者は糖代謝異常があり、低血糖になりやすいとのこと。
それには糖質制限が有効だという。

糖代謝異常については、
確かドナ・ウィリアムズの本にもチラッと書かれていたし、
自分でも低血糖になりやすいという自覚はあったのだけれど、
その対処法はまったく逆に考えていた。
低血糖になりやすいから、そうならないように甘いものや
おやつを意識して食べるようにしていたのだ。
一時期は、ブドウ糖(薬局で売っている、ラムネみたいなやつ)を
持ち歩いたりもしていた。

これは、アスペルガーについて知ったときと同じくらい衝撃的だった。

理屈で納得すると行動できてしまうタイプなので、
さっそくローカーボ療法を試してみた。
あれほど甘いもの好きだったのに、砂糖も炭水化物も3日でやめてしまった。
(一気にやめてしまったせいで、糖新生が上手くいかず、
3週間ほど低血糖になっていたようだけれども。
決してマネしないでください。
3日でやめられたのには理由があって、
物事を断つのに有効な手法を知っていたから。
これについては、またいつか。)

ちなみに、私はそれまで7、8年ベジタリアンをやってきて、
ちょうどその限界に気づき始めた頃だったので受け入れられたのだけれど、
それより前だったら、肉食が必要なローカーボ療法なんて
絶対に受け入れられなかっただろうと思う。
何ともタイムリーなときに出会えたわけで、
アマゾンは時期も見計らって奨めてくれるのかと思ってしまうほど。

それでどうなったか。
なぜだか夜中にトイレに起きなくなったので
(それまでは毎日起きていた)よく眠れるようになって
睡眠時間は2時間減り、
気分の浮き沈みもうんと少なくなった。
集中力も高まったので仕事の効率もアップし、
不安が減ったことから割に合わない仕事は断れるようになって、
自営業だから収入もアップした。
長年の悩みの種だった過敏性腸症候群も治ってしまった。

それまで、発達障害云々なんて言っていても
どうにもならないんじゃないかと思っていたけれど、
糖代謝異常が心身に大きな影響を及ぼしているのだとしたら、
発達障害を自覚して正しく対処することで人生は大きく変わるのではないか。

そう思った私は、忘れることにしていた、自分に発達障害があるという事実に
もう一度向き合ってみることにした。

効果のあるアスペルガー改善法がわかってすっかり嬉しくなった私。
このときもまた、周りの人に話しまくった。

それはただ単に嬉しかったからというだけでなく、
周囲にも多少なりともアスペルガー的な傾向が見られる人が多く、
その人たちにもローカーボは効果があるのではないかと思ったから。

まあ、直接的にずばりと「あなたもアスペルガーっぽいよね」ということは
さすがにできないので、
自分のことを話してから、相手が興味をもったときにだけ、
指摘してみることにした。
吉濱ツトムさんの2冊目の本『アスペルガーという才能』は
グレーゾーンのアスペルガーを対象とした本なので、
こちらの方が自分のこととして受け止めやすいかと思い、
何人かに配ったりもした。

ところが、自分の問題として自覚して取り組もうとすることは
なかなか難しいらしく、
「私もそうかもね、あはは」で終わってしまうか、
ローカーボには多少興味はもつものの、
自分のアスペルガー的傾向からは目を背けたい、
というのが大半の反応だった。

「私に勝手にレッテルを貼るな」といって本を突き返されたこともあったし、
納得はしたものの、自分の問題点を自覚して改善しようというよりは、
自分の人生が上手くいかないことの
新たな言い訳アイテムにしただけの人もいた。
発達障害についてよく理解していないうちから
発達障害であることを売りものにしようとする人もいた。

どうもやはり、「障害」という言葉に引っかかるらしい。

私は診断当時、一人暮らしの身体障害者の介護の仕事をやっていたので、
いわゆる障害者という人たちがどういう人たちなのか身近に知っていた。
憐れむべき存在でもなければ、特別に清らかな存在でもない。
ごくごく普通に感じ、悩み、結構したたかに生きている。
大変そうではあるけれど、可哀想ではない。そう知っていた。
だから、自分に発達障害があると知ったときも、
それによって自分が劣っている存在だとは思わなかった。

介護の仕事を辞めるときに、私よりだいぶ年上のコーディネーターに
その話をしたら、「私も自分が障害者の立場になったとしても
すんなり受け入れられるかも」と言ってくれた。

その後、ずいぶん経って、その事業所のある男性職員から電話があった。
私が発達障害であることを聞いたらしく、
新しく求人をした際に来た人にどうもその傾向があるらしいと感じ、
私に話を聞こうと思ったということだった。

診断経緯をざっと説明したら、「わー、それはショック」
という答えが返ってきた。
何をもってショックだったのかは明らかではないけれど、
その言葉を聞いた私の方がショックだった。
普段毎日、障害者に接している人間であっても、
自分が上に立って面倒を看ている分にはいいけれど、
自分や身近な人間が突然障害者となるのはショックらしい。
まあ、人間そんなものなのかもしれない。

発達障害を改善するには、発達障害があることを自覚しないと始まらない。
そんなことをしなくても、何とか生きている人たちは
いっぱいいるのだろうけれど、
それは周りがありのままを受け止めてくれる恵まれた人。
そうでなければ、苦しみながら生きていかなければならない。
その過程で、この世からいなくなってしまう人たちも多々いる。

そんなことを考えていたある日、
Very late diagnosis of Asperger Syndrome』という本を読んで
人が自分の発達障害を認めたがらないことの一因がよくわかった。
アイデンティティの問題だったのだ。

(続く)

************************************
『Very late diagnosis of Asperger Syndrome』
の日本語訳は拙訳でよければ全文があります。
読みたい方はこちらからダウンロードしてください。


プロフィール

Chandni

Author:Chandni
十数年前に確定診断を受けたアスペルガー症候群(自閉症スペクトラム障害)当事者です。当事者として、これまでの道のり、工夫していること、日々感じていること、取り組んでいること、その他いろいろ書いています。アスペルガー特有の変わった考え方や生き方の一例として、多少なりとも参考になれば、と思います。

長いこと変わった民族楽器に取り組んでいます。職業はフリーランスの医薬系実務翻訳者。現在、メディカルハーブとタロットを本格的に学んでいます。

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