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再び、当事者として

詳しい話は少しずつ書いていくとして、
私がアスペルガー症候群の正式な診断を受けたのは34歳のときだった。

子どもの頃から、何でこんなに生きるのが大変なのかわからなかった。
家はそこそこ裕福だし、親がいないわけでもない。
きっと皆、私よりも大変なのに、それを隠して明るく振る舞っているだけ、
自分は「演技力」が足りないだけなのかもしれないと思ったこともあった
(実際、演技力でカバーしている人も少なからずいるのだろうけれど)。

大学の頃に、異様な眠気と絶えず霞がかったような頭の世界から、
自分は何か脳に問題があるんじゃないかと思う、
と友人に言ったところ、一笑に付されたけれど、
今にして思えば、私の勘は当たっていたことになる。

その後、30歳頃だったか、
地元の小さな書店で1冊の本のタイトルが目に留まった。
ドナ・ウィリアムズの『自閉症だったわたしへ』。
自閉症」…?もしかして私って…?
いや、でも、まさか、そんなわけないか。
そう思ってそのときは手に取らなかった。

自閉の神様(そんなものいるのか)は人生の端々で
気づかせてくれようとしていたのかもしれないけれど
ようやく気付いたのは33歳のとき。

ある日新聞を読んでいたら「周囲に違和感」
と見出しのついた記事に目が釘付けになった。
アスペルガー症候群の当事者を取り上げた記事で、
それを読んだとたん、「私は絶対これに違いない」と確信した。
100%これに間違いない、という絶対的な自信があった。

それで紆余曲折を経て(長くなるのでまた後日)
確定診断が下りるまでに数ヵ月かかり、
「典型的なアスペルガー症候群」と言われたときには34歳になっていた。

その頃には、多々問題はあるものの、
服薬をしなくてはいけないような二次障害はなかったし、
とりあえず自活して生きていたため、特に支援は受けなかった。

ようやく人生の謎が解けたことが嬉しくて仕方なく、
例によって、典型的なアスペルガーらしく、
あちこちで自分が自閉症であることを告白しまくったものの、
当然、何言ってるんだ、こいつは?と思われるだけで、
ほとんどが、何も聞かなかったかのように振る舞われる、
スーッと離れていく、といった反応だった。
「自分だけが特別だと思うな」と言われたこともあった。

診断の前後にはブログを書いたり、
アスペ・コミュニティのサイトに出入りしていたこともあり、
数人の当事者とメールをやり取りしていたこともあったけれど、
そのうちの一人とトラブルになり、私の実名を挙げて、
私がその人にウイルスメールを大量に送り付けているとブログに書かれ、
一部の当事者の間で
「あの人怖いですね、ひどいですね」ということになってしまった。
後からその人のパートナーという人からメールをもらって、
統合失調症があるので妄想が入っているから
許してやってほしいと言われたけれど、
もうとにかくそのことがトラウマになってしまって、
その後一切、ネットの世界にはかかわるのを止めた。

そんなこんなで、もうアスペルガーだとか言っていたって
誰に理解してもらえるわけでもないし、
職にも就けないような当事者がいる中で、何とか生活できている私なんかが
当事者を名乗っていいんだろうかと思い、
アスペルガーであることを忘れたふりをして生きることにしたこともあった。
でも、それでも時折、人間関係の落とし穴に落ちて
自分がアスペであることに気づかされる、そんな繰り返しだった。

(続く)




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プロフィール

Chandni

Author:Chandni
十数年前に確定診断を受けたアスペルガー症候群(自閉症スペクトラム障害)当事者です。当事者として、これまでの道のり、工夫していること、日々感じていること、取り組んでいること、その他いろいろ書いています。アスペルガー特有の変わった考え方や生き方の一例として、多少なりとも参考になれば、と思います。

長いこと変わった民族楽器に取り組んでいます。職業はフリーランスの医薬系実務翻訳者。現在、メディカルハーブとタロットを本格的に学んでいます。

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